V、死を見つめて・・・



   1、現世は、仮の居場所:

       私は、幼い頃に海で溺れかけた体験をしている。

      浮き袋に乗って海で遊んでいたとき、うっかり浮き輪を離してしまったのだ。

・・・・

      水中で息が苦しくなって、呼吸をすると大量の海水を飲んだ。

      ・・・もがいても捕まるところがない。

      助からないと悟ったとき、幼いながら、私は死を予感した。

      人は、いとも簡単に死ぬんだと思ったとき、

      底知れぬ孤独と共に、

      得も言われぬ落ち着き・安堵を覚えた記憶がある。

      幸運にも私は、偶然、助けられこの世に舞い戻った。


      青春時代に、私は、人生の果てに

      死が待ち受けていることについて、恐れ、悩み、苦しんだ経験を持っている。

      そして、悩み苦しんだ末に、ある考えに到達しました。

 それは、

      死の世界を特別と考えるから苦しくなる。

 怖くなる。

      ・・・ そうではなくて、

      死とは、元々いた場所へ戻るだけ・・

      そう、故郷に帰るようなものです。



      死とは、生まれる前の自分に還ることでもある。

      このように考えると気持ちが楽になりました。

      そして、死を見つめることにより、

      生が、生きていることの意味が理解できるようになりました。


      実は、生きているこの世こそ、特別だったのです。

      あの世にあるはずの天国も地獄もこの世にあったのです。

      そして、この世が地獄か天国になるかは、

      自分の考え方次第でどのようにでもなったのです。


      あの世には、何もありません。

      あるのは、永遠の安堵があるだけです。

      漆黒の宇宙にいるような静寂があるだけ・・・・

  ・・・・・・


 ・・・そうです。

      死の世界こそ、本来の居場所なのです。

      今、生きている世界は、仮の居場所だったのです。

・・・・・






   2、地獄と極楽は、この世にある。

 朝起きて夜眠る

      人は、毎日 生と死を繰返して生きています。

      死は、長い長い目覚めることのない夜の眠りです。

      誕生があって、死がある。死は、極ありふれた生活の一部です。

      死は、何人も逃れることができない宿命の前に、これほどの平等が

あるでしょうか?


      死は忌み嫌われていますが、死こそ永遠の安住の地なのです。

悲しい事ではありません。

      生まれたときと同じように死も赤飯炊いてお祝いしてほしい。

      何故なら、死とは、生まれる前の自分に還る旅路だからです。

      単に元いた場所へ戻るだけ・・・

      いずれ皆 遅かれ早かれ来る訳だから・・・



      あの世に極楽や地獄などありません。 

      あるのは、永遠の静寂だけ・・・

      生きている間のこの世にこそ、地獄や極楽があります。

      この世が地獄か極楽かいずれになるかは、生きている人の心掛け次第

      幸せは、余りに普通にあるので、気が付かない。

      幸せが当り前すぎて気が付かない処に人の不幸があります。

      そして、当り前で無くなったとき、

      初めて人は、自分が幸せであったことに気付くのです。



      この世には、苦しいことも辛いこともあります。

      しかし、うれしいことや楽しいこともその何倍もあります。

      見詰め直せば辛いことも辛くなくなります。


      生きていることの素晴らしさを

      生きている間に精一杯噛み締めてほしい。

      生きているということがどれほど素晴らしいことか・・・

      どれだけ幸運か・・・・





   3、本当の生命:  

       地球上に最初に誕生した生物は、細胞が無限に分裂する

      死なない原始生物であった。

      処が、今から十数億年前に死を有する生物が登場する。

      高度に進化した生物は、遺伝子DNAを持つようになり、

      有害なウェイルスからの攻撃や環境の変化に対応すべく、

      多様な遺伝子を必要とした。


      遺伝子の世代交代と進化の手法として、生物は、死を

      有するようになった。

      ヒトは、約60兆の細胞から成っている。

      高等生物のDNAには、テロメアというタイマ−がついている。

      テロメアの働きで、高等生物の細胞は、規定の回数分裂すると、

      細胞が死ぬようになっている。

      生と死は、対立するものでなく、二つが一体となって生命がある。

      死は、生命体にとってなくてはならない存在なのである。

      死は、恐れ忌み嫌われている。

      しかし、死には、りっぱな生命体の使命があったのである。

      生物の本当の生命は、遺伝子の中に隠れて生き続けるのである。